infection院内感染対策

16印象採得時の消毒と注意事項

印象材・模型の消毒

印象採得時の消毒は技工室(技工所)との関連、あるいは寸法精度の問題など感染対策では難しい問題を多く含んでいます。村井歯科でも対策が一番遅れたところでもあるのです。
図は村井歯科で現在使用されている印象材です。対合歯などはアルジネート印象材、作業印象はシリコン印象材と寒天印象材(寒天+寒天)を併用しています。これらの印象採得時の交叉感染予防について考えていくことにします。CDCガイドラインでは、「口腔内微生物が印象の内外に付着していることが報告されている。同様に石膏模型についても報告されている。ある種の微生物は、少なくとも7日間は、石膏模型内に生存することが報告されている。つまり、きちんと処理されず汚染した印象剤、義歯、装置には微生物の伝播の機会がある」としています。何らかの交叉感染予防のための対策が必要のようです。しかし印象体そのものや模型を消毒することは簡単でも、問題は精度や表面性状です、寸法変化や面荒れが起きるのではないかという不安です。
CDCガイドラインではその点を考慮してか、繰り返しの洗浄と結核菌に有効な病院消毒薬(中レベル)の消毒を推奨しています。一方補綴学会が2007年に出した「補綴治療過程における感染対策指針」ではグルタラール製剤や次亜塩素酸ナトリウムなどの高レベル消毒剤での長時間(30〜60分)の消毒を指定しています。補綴物の精度は極めて重要です。消毒効果だけでなくその点も考慮しなくてはなりません。CDCガイドラインをとるか補綴学会の指針をとるかよく考えてみる必要がありそうです。

日本補綴学会の感染対策指針

図は補綴学会が示した「補綴歯科治療過程における感染対策指針」の内容全体を私なりに一覧にしたものです。
これをじーっと見ていると、この指針を作成された方たちは本当に実践可能な方法を模索したのだろうか?机上の空論だけを積み上げてきたのでは?という疑問がわき上がってくるのです。
同じ補綴物の消毒が診療室から来るものと技工室(技工所)から来るものとでは全く違う方法が示されるなどスタンダードプレコーションをうたいながら何を考えているのでしょう。これでは医療従事者より患者の方が不潔だと言っているようなものです。
仮着中のCrを技工室で再調整し本着しようとするとグルタラール製剤で1時間消毒します。あるいは具体的な消毒方法を示しながら、印象体が変形する、模型の面荒れが起こるなど実践できる指針とは言いがたいのです。

CDCのガイドライン

少し資料としては古いのですが、印象材の変形に関しての分かりやすい意見です。
今までアルジネート印象材や寒天印象材は印象採得後できるだけ速やかに石膏の注入を行ないます。これは大原則のはずでした。印象材は精度が命、精度を無視して消毒はできない。これが村井歯科の結論になったのです。
補綴学会の指針とは全く別の方法で感染予防対策のシステムを構築することにしたのです。

あらためて、アメリカCDCの「歯科医院における院内感染対策ガイドライン」を見てみると、図のようになっています。
滅菌とはほど遠い、こんなことでいいのだろうか?と思えますが、極めて臨床的で要点をおさえた指針といます。
特に3)で「歯科技工所あるいは技工室は①作業区域 ②受け取り区域 ③消毒区域の分別をすることが重要」との記述があます。
精度が心配で印象体の消毒ができないのなら、印象体を感染性生体物質として取扱う。すなわち取扱い区域分別と手技を徹底させることで、印象体の消毒に代わるシステムをつくることが重要だと考え、技工室の若干の改造と手技の確立を目指すことになったのです。

技工室内の区域分別

歯科診療室と技工所あるいは技工室との感染予防対策連携はきわめて緩慢になりやすいところです。「診療室内では感染予防に配慮しても患者さんの顔が見えない技工室内では感染予防の配慮が極端に低くなってしまう」ことが起こるのです。あわせて寸法変化への危惧から消毒システムが難しい。
結局、村井歯科では印象体の消毒は諦めて印象体を感染性生体物質としての取り扱いを徹底させる方法をとったのです。すなわち、診療室から来た印象体は模型の消毒が終わるまでのステップはすべて図中の不潔区域ですべての操作を終了させ、不注意による汚染の拡散を防止したいと考えたのです。消毒の終わった模型からはすべての技工操作は従来通り清潔区域として自由に作業できる区域分別を実践したのです。

写真左が改造前の技工室です。各種の機器類がキャビネットの上におかれ、整理整頓しづらい環境になっています。また印象体や模型の保管場所も厳しい決まりがない状態になっていました。
右図は改造後で、印象材・模型の取扱い区分を明確にするために3つのステンレストレー(印象保管、保湿保管、模型保管)を用意しそれを収納する棚を作成しました。
スペースを確保するためにスチーマーや超音波洗浄機を壁にセットし直し石膏注入時に使用するキャビネットの上をできるだけシンプルにしました。
治療室から運ばれた印象体は消毒済み石膏模型になるまで、この3つのステンレストレーから決して他の場所に出ることのないシステムを構築していくことになるのです。そして印象体の受取りから模型が消毒されるまでの印象体取扱いステップだけは技工士もグローブ着用をしなければなりません。

私たちが技工室内のいわゆる不潔領域として考えているところです。診療室から来た印象体の保管から石膏注入などの模型作製、そして硬化した模型の保管、最後に模型の消毒までのステップはすべてこの領域で行ない、他の場所に汚染を拡散しないように注意をはらっています。

印象体・模型の保管庫そして石膏注入などを行なうエリアの拡大図です。グリーンの枠内が受け取り・保管区域です。
印象保管:診療室から来た印象体は診療室スタッフが先ずこの中に入れる
保湿保管:石膏を注入して硬化するまではここに保管する
模型保管:硬化した模型を印象材からはずして消毒するまでの間ここに保管する
石膏注入区域はバイブレータを図のようにカバーし、器具全体をステンレストレーで受け、こぼれた石膏の始末を衛生的にできるようにしてある。

村井歯科では20年以上前から左図上の図の方法で模型の消毒を行なっています。当初に芽胞試験等を行なって有効性を確かめ、効果があると判断して使用を開始したこと記憶しています。
図は密閉容器の中でエフゲン(阿蘇製薬)を加熱(40度前後)しブロワーで空気を内部循環させる装置です。
この機器のメーカー名を調べてみたのですが、機器のメーカー名が特定できず、現在同じものが発売されているのかどうかも不明なため紹介できないのです。構造は簡単なので密閉容器を探し自作することはそう難しいことではなさそうです。阿蘇製薬株式会社のホームページのエフゲンに具体的な使用方法が図示されているので参考にしてみてください。

CDCは「口腔内微生物が印象の内外に付着していることが報告されている。同様に石膏模型についても報告されている。ある種の微生物は、少なくとも7日間は、石膏模型内に生存することが報告されている」としています。このことから何らかの方法で模型の消毒をしなければ以後の技工操作における感染予防対策が取られたとは言えません。模型の消毒に関する文献から図の3つの方法を抽出しました。いずれも実践可可能な方法と考えたからです。もし自分の技工室でエフゲンを利用できないことになれば、2番目の消毒用アルコールを選択することになるでしょう。
3番目の方法は印象面と模型の両方を消毒できる一石二鳥の方法ではないかと考え20年前に実施したのですが、模型の面荒れが出ることがあり使用を断念した経験があります。

印象採得時の消毒の実際

印象採得時の院内感染対策の実際を見ていただきます。
左上:診療室で採得された印象体はよく水洗された後、このようにトレーに乗せて技工室にはこばれます。
右上:診療室スタッフは印象体を印象保管のトレーに移します。
左下:技工士はグローブを着用して印象体に石膏を注入します。印象体そのものは消毒されていないため、汚染を拡散しないよう十分注意して作業を行います。
右下:石膏注入された印象体は保湿保管容器に移され石膏の硬化を待ちます。

左上:石膏が硬化したら印象材から撤去します。この一連の作業もグローブを着用しておこないます。
右上:撤去された石膏模型は模型保管庫用トレーに移されます。使用済みの印象材と印象トレーはこの様な密閉容器に移します。
左下:模型の消毒が終わるまではこのように模型保管庫に入れ外部にださないようにします。
右下:使用済みの印象材と印象トレーは翌朝の消毒までこの容器で保管しておきます。

左上:硬化した石膏模型の数がそろった時点で石膏模型の消毒作業に移ります。この時点では模型の消毒がされていないことから、グローブを着用しての作業になります。
右上:模型を石膏模型消毒容器に移します。
左下:エフゲンを加熱循環することによる模型の消毒を行います。エフゲンについては「技工室内の区域分別」を参照してください。
右下:模型の消毒が終わって、初めて技工室空間での自由な技工操作が可能になります。

左上:翌日の朝、使用済みの印象体の容器に1000ccの水道水を入れます。
右上:その中にTBS錠剤を一つ入れます。これで0.1%(1000ppm)の次亜塩素酸ナトリウムの溶液になります。
左下:1時間浸漬されたあと密閉容器のまま診療室に運ばれます。この状態での長時間の保管は塩素によるトレーの消耗が起こることから推奨できません。
右下:診療室スタッフにより印象材はトレーより分離され、医療廃棄物として廃棄されます。印象用トレーは洗浄され滅菌バッグにパッキングされ、オートクレーブ滅菌されます。オートクレーブ滅菌するのなら、わざわざ使用済みの印象体の消毒は要らないのではと考えますが、印象材除去作業中のスタッフの思わぬ怪我も考えられるため、使用済みの印象体を消毒しているのです。